2024年09月18日公開
一昨年に亡くなった「香川の怪人」こと菊丸正さん。人智を超越した釣りの腕を持つこの老師の伝説を風化させたくない。ということで、書く機会があれば、私は何度でも書くし、何度でも語るつもりだ。そして菊丸伝説はいずれ神話として語り継がれることだろう。
【現地案内人】の中に逸材あり!
釣りライターという仕事をやっていると、毎月のように『釣りの達人』と呼ばれる人にお会いする。もちろん、みなさん釣りが上手なのだが、その中でも別格と言える才能を持っている釣り人が何人か存在する。例えば村上晴彦さんなどがそれに値する。彼の洗練された所作を見た人は、他の釣りを嗜んでいる人であっても抜群のセンスを感じるに違いない。真の天才釣り師といっていいと思う。他にも何人かそういう方がいるが「俺は入ってないのか?」と文句を言う人が出ると面倒なので、全員の名前はあえて出さない(笑)。
有名アングラーだけではなく、「知る人ぞ知る」というレベルのローカルアングラーの中にも、恐ろしい腕の持ち主がいる。例えば取材時の現地案内人だ。有名アングラーが地元以外で釣りの取材を受けるときは、その地域の地元アングラーに案内を頼むことも少なくない。その案内人の中に、逸材が隠れていることが多いのだ。現在メディアで活躍しているアングラーの中にも、“元案内人”がゴロゴロいる。ある意味、取材の案内人は有名アングラーへの登竜門なのかも知れない。
そんな案内人の中に、想像を絶するほどの釣技を持っている人がいた。それが「香川の怪人」こと菊丸正さんだ。残念ながら、一昨年の4月に81歳で亡くなってしまったのだが、野池のオカッパリに関しては、彼以上の腕を持つ人を私は知らない。
私は【アワセなし釣法】を目撃した!
菊丸さんは、子供の頃のIQが180だったとか、1m30cmのライギョを釣ったことがあるとか、様々な逸話を持っている人物。そして、野池の案内を頼むと、その情報の信頼度が高く、高確率でいいサイズのバスが釣れる。私は、仕事でも何度もお世話になっているし、プライベート釣行でも何度か一緒に釣りをしたことがある。ちなみに、菊丸さんのクルマの中は、常にサザンオールスターズが大音響で流れていた。
菊丸さんの凄さの秘密は、一つには圧倒的な遠投能力にある。彼は到底届きそうにない野池の対岸に、ベイトタックルで軽々とワームを送り込んでしまうのだ。だから、無防備なバスを釣ることができる。私が投げてもどうしても届かなかった対岸から、ポンポンと50アップを2本釣られたこともある。それも最新のタックルではなく、ロッドはダイワのアモルファスウィスカーだった。初めてお会いした時、彼はすでに60歳くらいだったが、70歳を過ぎてもあの遠投能力は衰えなかった。
ある時、菊丸さんは、バスをバラした私にこう言った。「お前はアワセるからダメなんじゃ!」。アワセるとダメ…?たしかに対象魚によってはそういう釣りもあるだろう。でも、バスフィッシングの場合、アタリがあったらアワセるのが鉄則。一体何が言いたいのだろうと悩んでいると、菊丸さんがスピナーべイトでいいサイズのバスを1本掛けた。そして、そのバスを水面から1.5mほどの高い足場まで抜きあげた。
「よく見ろよ」。菊丸さんはそのバスを指さすと、草の上に横たわったバスが、スピナーベイトを吐き出したのだ。「ほら、アワセないと簡単じゃろが!」。といって笑い、バスをリリースした。
どういうことかというと、バスに口を開けさせないようにファイトして、口を開けさせないように抜き上げたのだ。そうすると、フックを外す手間が省ける。だから、アワセない方がいいという感じの話しっぷりだった。このとき、私は菊丸さんの域に到達することは、一生ないだろうなと痛感した。
菊丸師匠、驚愕のライギョ釣り!
私がこの“アワセなし釣法”を目の当たりにしたのは1度や2度ではない。ラバージグを使って、野池のライギョをふたりで釣った時などは、私が2本釣る間に、菊丸さんは7~8本のライギョを立て続けに釣っていた。その時も、岸に上げたライギョはことごとくラバージグを自分で吐き出した。なんと、菊丸さんは1匹もフッキングさせていなかったのだ。こんなに優しい釣り方が他にあるだろうか?
そして、「ほら、これじゃ、見てみい」と言って、彼が差し出したラバージグを見て、私は戦慄した。なんと、そのラバージグはガビガビに錆びていて、なおかつ針先が折れていたのだ。つまり、バーブレスどころではなく、ポイントレスだった。それは拾ったラバージグだと言っていた。ライギョとバスとでも釣り方・口の硬さなどは異なるが、いずれにせよ、そのテクニックは神の領域だと思う。
その時私は、釣りを終えてから「これを使って下さい!」と言って、デプスのフラットバックジグをひとつプレゼントした。もちろん、針先の鋭い新品だ。その数か月後、久々に菊丸さんにお会いした際「お前にもらったあのラバージグ、もの凄くよく釣れたよ」と言ってくれた。さすがに、フックの折れたラバージグよりはフックのあるラバージグのほうが成績が良かったようで、この時はちょっとホッとした。
菊丸さんも、まったくアワセないわけではない。でも、せいぜいロッドを立ててリールを速く巻く感じ。強くアワセると、バスの口が開いてしまうからだ。とくに重めのジグヘッドの場合、バスが口を開けたまま首を左右に振ると、穴が広がってフックを外されることが多い。そこで、アワセずにファイトすると、バスはワームを逃げようとしている本物のエサだと思い込み、めったなことでは口を開けないのだという。
もし外れても、バスは2度喰いしてきて、さらに硬く口を閉ざす…というのが菊丸理論。信じない人もいるだろうが、目の前で結果を出されている私は、信じるほかない。ただ、自分がその技をマスターするのは、かなり難しいだろう。
誰でも試せる“グリップ叩き”と“ハンチング帽”
また、菊丸さんから“グリップ叩き”という妙技を教わったこともある。ポーズ中のワームにバスがなかなか喰いつかないことがあるが、その時ロッドグリップを叩くと突然バスが喰いついてくるのだ。これは見えバスで何度も試したが、かなり効果的だった。もちろん、ブラインドで釣っていてもこの技は有効。私自身が釣る取材でも、何度この技に助けられたことか…。これは“アワセなし釣法”と違って誰でもできる技なので、「そんなんで釣れるのか?」と思う方もいるかもしれないが、ぜひ試していただきたい。
他にもいろいろあるが、もうひとつ最後に伝えたいのは、彼のトレードマークである“ハンチング帽”だ。菊丸さんは常にハンチング帽をかぶっているし、菊丸一門の弟子たちもハンチング着用で釣りするのが作法となっている。
その理由は「遠投」。ルアーを遠投するには、最適な角度で斜め上方に投げるというのが菊丸さんの理論。菊丸さんによれば、ハンチング帽のつばの下に見える山に目がけてルアーを飛ばすと、ベストな角度で飛んでいくらしい。これが、普通の野球帽的なキャップではつばが大きすぎて、目標が見えないという。
「だからハンチングなんじゃよ!フォッフォッフォ!」
今でも、これを教えてくれた時の笑顔が忘れられない。2年半前、菊丸さんの危篤を知らされたときは香川まで駆け付けたが、コロナが蔓延しているタイミングだったので会うことができなかった。亡くなった後はなかなか行く機会が作れず2年が経過。近々、お墓参りに行きたいと思っている。
この記事を書いたライター
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