2024年08月18日公開
〝一里(約4km)に一匹〟と言われる夏ヤマメ。つまりは約4km歩いてようやく一匹に出会える、というくらい夏の渓流釣りは辛い。そのうえ、古希を過ぎ老いた腰にヒビが入りかけ気力に食い込まれそうになる。それでもなんとか釣りたい、と老いの熾火に息を吹きかけ、フライロッド片手に目的の場所を目指すことにした。
まずは川辺川、五家荘夕マヅメ
五木へは二本杉、朝日(わさび)、笹越、子別峠(こべっとう)、大通(おおとおり)の峠越えがあるけれど、この日はようやく工事が終わった二本杉から下りることにした。遅い午後、かつていい思いをした瀬を観察してまわって、夕マヅメを狙う。次の日は未明に起きて朝マヅメ、という夏ヤマメフライの要諦を踏む。釣りの時だけ行動は充実して簡潔である。
さて初日の夕マヅメ、樅木の支流に行ってみた。釣り人の多い川だけれど、空が開いてフライには好ましい釣り場である。先週の大雨の名残か、薄く濁っている。763の竿でも糸が絡まないよう、キャストに気をつけながら攻め立てる、すると明るい瀬で小さい魚が追って来た。ここでは孔雀胴に茶色の羽をテンカラ風に巻いたのが良かったことを思い出したので使っている。だが、大粒の豆ヤマメ君が掛かっただけで終わった。
午後も遅くなったが日はなかなか沈もうとはしない、暑い。初日の長旅、早めに五木の温泉に浸かる。宿の酒に手伝わせて熟睡。
朝マヅメ、ハッチもライズもない瀬でメマトイを手掛かりにミッジで攻める
さて、次の日は朝マズメ狙いで4時起き、5時出発。帰りの道すがら、去年訪れたポイントでフライを抛る。その時は極豆、今年も極豆、ちょっと辛抱していくらか大きい魚を掛けていたのでそのおさらいである。
メマトイがしつこくて、でもこれを手掛かりにするしかなく、じゃあと薄明りでも目立つ白や桃色目印を付けた鶏の縞毛ミッジで決める。他の羽虫は見えない。ハッチがあって、それを待って魚が水面に踊らなければならないのに水面は裂けもせず弾けもせず穴も開かない、水しぶきが立たず影も走らない。しかし、魚がいない訳ではない。目の前の羽虫を手掛かりに辛抱して抛って工夫して掛けて、それで初めて、川は仮死状態だっただけだということを知らされる。
瀬ごとに追って来たけれど小さい。〝一里一匹〟の夏ヤマメ。小さいからといって不満は生じないはずだけれど…まあ、佳しとするか。午前の半ばだが糸をリールに巻きとり、竿をはずして渓を出る。森の下の影のような小道をたどると点々の木漏れ日がすでに暑い。ああ冷たいビールが飲みたい。
“抽象した工夫”を他の川で試す
五家荘の釣りから抽象した工夫でなんとかやれると、やっとこの年になって気付かされた。それを他の釣り場でヨタヨタ演繹してヨチヨチ帰納すれば、ひょっとしたらサトミ君やスギサカ君をもアッと驚かすことが出来るのではないかとイソイソ近場の豊前に出かけた。
〝抽象した工夫〟なんて大げさだけれど、ただ瀬がたぎりだす前に攻め立てるだけのことで「なーんだ」なんて言う人はいるかもしれないが、でもジイちゃんフライマンがやっとたどり着いて手に入れた未来なのである。早起きはジイちゃんだけで、恥ずかしながら若くピチピチの魚が朝早くからフライを追うなんて思ってもいなかったのだ。
さて、日の出の時間に着く。キラキラと輝いて引き締まった朝がそろそろ熱でほどけ始める、今のうちがフライの勘所だ。五木で使ったミッジをと思ったけれど、やっぱりピーコック胴の「エルクヘアカディス16番」を摘まんでしまう。もうこの時期にはおまじないのように使って、でもご利益があるからなあ。様々なフライは巻いているのだけれどワンパターンで能が無い。でもヤマメ君は性懲りもなくこれを喰ってくる、で釣り人は成長しないまま日が暮れる。
この夏、散々だった豊前の瀬に魚はいた
真夏、流れが岩で深く混ぜ返され、瀬音が大きく騒いでいればそこが釣り場だ。ストーキングしながらそっと瀬に近づく。
ややっ、やっぱり来た。小さいけれど夏ヤマメだ。次の瀬ではアマゴ、そしてまたヤマメと続いてフライを追って来た。この夏何度も来ていて散々な目にあっていたのに。だがそれもしばしで、アブラッパヤ、豆ヤマメ君の掛けバラシが続くかと思ったら陽が高く立ち始めた。明るく照らされた瀬からは魚はもうフライを追うことはなくなった。
岩に腰を下ろして竿を仕舞いながら、「ああ今日もいい釣りをした」と思う。渓から上がって息を吐くとすっかり脱力してペッタリ岸辺に座り込んでしまうような、身魂を出しきったというそんな感じのものである。達成されたスッカラカン。これって即身成仏ギリギリっていうことか?もう魚の量ではなくなったことは確かである。
酷暑にさらされても川はひっそり魚を宿して生きていたのだという喜びと、工夫が活きて夏ヤマメをヨタヨタフライでもなんとか掛けることが出来た喜びが重なって、佳き釣りの日々を送ることが出来たのだった。
施設等情報
オフィシャルサイトには「球磨川釣りガイド」のコーナーも設けられて参考になる。釣況および遊漁券販売所についても問い合わせが出来る。遊漁料は年券A(全魚種)8,000円、年券B6,000円(アユ以外の全魚種)。AB共通の日券2,000円。についても掲載されている。
●福岡県豊前地方には二つの漁協がある。
京二川(きょうにせん)漁業協同組合(今川、祓川)TEL:0930-25-6569
岩岳川漁業協同組合(岩岳川、佐井川)TEL:0979-88-2694
ヤマメ釣りの年券は福岡全県共通で3,000円だが、日券は京二川では500円、岩岳川では1,000円となる。いずれも小河川なので夏以降は厳しい釣況となるけれど天候や時間が合えば楽しい釣りが出来る。釣況については、前もって漁協に問い合わせるのがよいだろう。京二川漁協にはHPがあり、放流状況などの情報や遊漁券(遊漁承認証)販売所や禁漁区の情報も得ることが出来る。
施設等関連情報
●今川、祓川へは東九州自動車道今川インターから約20分。祓川の伊良原ダム上流には農家レストランがあってドライブやサイクリングで訪れる人も多い。
岩岳川漁協が管轄する岩岳川、佐井川へは豊前インターから約20分。岩岳川上流には温泉施設やキャンプ場、河川プールもある。いずれも清浄の小河川で夏はファミリーの水遊びで賑わう。