2025年03月05日公開

立春も近いある日のこと。ボッチの喜寿ジイは自身の影ばかり引き連れて、越冬キス狙いに久方ぶりの山陰へ走った。もう対岸は島根という小湾である。なんとかツ抜けした程度であったが、金色に輝く幻の○○キスに出会うこともでき、厳しい冬の中、楽しい釣り旅となった。
山陰の海の香りに満たされてブン投げる
山陰の海には潮の香りが生き生きと動いていた。波止際に佇んでプファーっと深呼吸すると、シワだらけの体が充実するようで、なんだか長生き出来そうな気がしてくる。
朝のうち穏やかだった空はちょっとでも日が陰ると風が舞ってサブイ。以前キスがいたあたりのことを思い出しながら投げ返す。ハリは赤の袖バリ三本仕掛け。425-27の竿にオモリは20号。役不足のオモリだが、〝遠くへ投げて広く探る〟〝ひっそり身を隠している冬場のキスを驚かさないようにする〟ということを考えたらこうなってしまう。
やっぱり越冬キスはいた
潮は上げ三分にさしかかっていたが、なかなか魚が竿先にひっかからない。やっぱりだめかと気持ちが萎えかかった頃、小さく穂先が弾かれて竿先を仰ぎ見る喜寿ジイの目を喜ばせにかかる。五色ほど追い風に載せて投げて一色巻き寄せたところだった。竿に頬を寄せ聞いてみると、ボソボソ触った後、少しずつついばむように喰っているのが分かる。少し間をおいて巻きにかかる。穂先をわずかに震わせながら中くらいのが上がってきた。おお、越冬キスはいたのだ!
その後はポツリポツリ思い出したように掛かる。キャッチ前リリース派としては日頃大バリを使うのだが二度バラシが続いたので6号にしていた。前アタリがあってしっかり乗せるまでの辛抱はつらいものだが、これこそ越冬キス釣りの勘所とばかり耐えて楽しむのだった。しかしキスの居場所を探し当てるのが難しい。アタリがあった海の底を丁寧に浚ってみるのだが同じ場所で同じように追って来たのは一回きりで、反復はされないでいる。
金キスとの出会い。
午後半ばにさしかかってアタリが遠のいた。湾を囲んでせり立つ山に陽が近づき始めるとなおサブイ。もう十分だ、竿を外すことにするか。越冬キスとの遭遇を楽しんだ結果は10匹、リリースした豆君もいた。
ところでその中の一匹になんと「金キス」がいたのである。
響灘の夏、胸に金を散りばめた、それはそれは美しい姿をしたキスが釣れることがある。冬、響灘からキスはいなくなってなぜかもっと寒いはずの山陰でキスが釣れ始める。清澄な海の底には暖かい陽の光が届きやすいのかもしれない、近くに温泉が湧いていてひょっとしたら潮を温めているのかもしれない。越冬するキスを追って喜寿ジイちゃんも北上して釣り歩くのだがまさか私の行動範囲の最北の海に「金キス」がいるとは思いもしなかった。
なぜ金砂をちりばめたような模様を帯びるのか、それも鱗ではなく肌身に負って清浄の潮に洗われた簡潔な姿に神秘のものを潜めているらしく輝いている。生い立ちとか分布とかまだ分からないままであるけれど、とにかく自然の分泌物だからこその美をまとっている、としか言いようがない。
楽しかった釣り旅のまとめ。
一日中キスを狙って気持を詰め込みっぱなしというわけではない。点々と海をのぞいたり漁師町を歩いてまわり、昼には湯を沸かしてコーヒーを淹れ飯を食う。釣りにまつわる一つひとつに心を開いて遊ばせるのが楽しい。
後から来た釣り人たちと言葉を交わす、その中の一人、寒チヌ狙いのフカセ釣り師がなんと女性だった。ルアーの女性は見るけれど、フカセ釣りでは珍しい。竿の扱いになかなかの手練れと見た。不惑の端を掴みかかった頃と思われ、背筋がシャンと立って撒き餌をパッと打つ姿は魅せたね。彼女と交わす会話も、他愛もないことながら楽しくてね。お陰で気短なジイちゃんもよくまあこの寒さの中、辛抱出来たようで、一人旅喜寿ジイのペーソスもじんわり希釈されたのだった。
ということで金キスにも女性釣り師にも楽しくさせられた山陰の釣り旅であった。
施設等情報
施設等関連情報
○執筆者は福岡から遠征しているが、帰路は萩か湯田か、長門湯本温泉か、いずれかに立ち寄ってその日の釣りの疲れを解くことにしている。単純に、もうサイコーとしか言いようのない釣行を味わえるのである。
この記事を書いたライター
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